感想無しm9(^Д^)
- 作者: 杉浦守,大塚英志
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2005/08/26
- メディア: コミック
- 購入: 1人 クリック: 3回
- この商品を含むブログ (19件) を見る
大塚英志はロリコンブームの着火点の一人なのだが、彼の原作のマンガが総じてロリコン的で無いのは、なぜだろう?
(↑訂正。んなこともない。大野安之とか。ただし死体に拘った彼の作品群は総じてロリコン的ではないのでは?)
山崎峰水は山崎浩名義で『どきどき』のようなロリマンガを描いているのだが、無論大塚原作の彼のマンガはロリマンガ的図像ではない。
よくわからんが、大塚のマンガ史は、マンガの身体を「リアル」に見てしまった私たちと、そのような身体を持たされてしまったキャラクターの苦悩の歴史だ。それは三流劇画よりも、手塚―吾妻的記号絵のほうが、性的な意味でリアルに見えてしまったであろう大塚とその周辺の活動と無関係ではないだろう。
大塚の「マンガの身体論」と、彼が自身のマンガ原作のなかで好んで描く「死体」とは、どこかでリンクしていると私も含めて人は考えていると思う。だが、この「死体」は、大塚とその周辺の人々にとって、何所までリアルだろう?あの「死体」に性的な魅力はあるだろうか?ただ、ごろんと残酷画があるだけに思える。たとえば「ガンスリ」は残酷だが、残酷画ではない。そこには作者の異様なリアルさが描かれていると思える。
だったなら大塚という人は、すごい勢いで罠を仕掛けている人か、考えられているより複雑で豊かな人間であるように思える(私が見くびっているいるだけかも知れない)。大塚の「マンガの身体論」と「死体」が繋がっていない可能性もある。
大塚は『オクタゴニアン』後書きで、作画の杉浦守の事を「リアルさと嘘の双方が描ける画力」と評した。私は杉浦の絵は、いい絵なのだが、「萌え」やら「ロリ」のようなものと無関係であるように思えた。
現実世界の国際やら政治的世界を舞台に、オタク的意匠が暴れまわり、現実と「萌え」とが溶解した作品群があると思う。『ブラックラグーン』や『ヨルムガンド』や『ガンスリ』。『アトムの命題』片手に人は『ガンスリ』の「義体」を読み込むことができる。
そのような隣に大塚英志原作のマンガは展開している。眞子様を萌え化するような世界に、杉浦の描く昭和帝の図像はある。
まーこういうのもあったんだよ。と記憶はしておこう。
感想無しm9(^Д^)でも面白いのは確かで。あと大塚の近作の評論は全く読んでいないorz