シロクマとメイド12(転載)

久々に夜の散歩に出かける。歩きにくい他所行きの革靴から、安物のスニーカーへ履き替え、ご主人様と湖の方へ一緒に歩いた。夜だったので手を繋いだ。まー、私は昼間繋いでもいいんだけどね。ご命令とあれば仕方ないか。

葦原には何十年も前に作られたワゴンカーが捨てられている。タイヤは外され、塗装は剥げ、ボディは朽ち、ガラスは全て無くなっている。シーツは腐って、夏草が生えている。

大昔のアニメを思い浮かべた。空に浮かぶ都市に樹木が張り付いている。あの廃墟より、もっと情けないものが今目の前にある。私たちが生きなければならない世界という廃墟。繋いだ手を胸の辺りまで揚げた。
「バロス!」
と叫んだ。笑われた。「バルスだろう?」だと。知らないって。私たちはあんな良男良女じゃない。
なんだっていいじゃないか。世界が滅ぶ呪文なんて。

湖には橋がかかっている。電灯は一つも点いていない。「今日は向こう岸まで歩こう」と言われた。橋の真ん中で、深夜の湖を見下ろした。下に、ただ黒い大きなものが横たわっている。吸い込まれていくような感じがした。

「一緒に死にましょうか?」
と冗談を言う。これが大ハズレだった。ご主人様に睨まれた。くそ、なんで空気が読めないんだ私は。
「昔。飛び込んで死のうと思った事があってね。」
「それは戦争ですか。その傷は私が・・・」
「違う。戦争じゃないんだ。」
またも大ハズレだ。なんてことだ。
「女の子に振られたんだ。振られたというか、一方的に嫌がられたんだ。でも、怖くて死ねなかった。」
ご主人様が言った。私はどうしたらいいんだろう。橋が崩れ落ち、あの黒いものに溶けて行きたいと思った。ここには居場所が無いのだ。メイドロボごときには。

「帰ろう」
と手を引っ張ってくれた。「向こう岸にはまた今度いこう」と。

帰って、二人してやるべきことをやった。下らない慰めのようであったし、情けない謝罪の仕方のような気もした。今日は一緒に寝ようと言われたので従った。

隣でご主人様が寝ている。丸まって頭を胸に押し付けている。電源の切っていない私は、一人で天井を眺めている。黒い大きなものが目の前にある。バロスと呟き、男の頭を抱いた。

シロクマとメイド12(#104バージョン)

http://illust.g.hatena.ne.jp/i04/20080629/1214737891
おもすれー。やっぱりディテールこそが命だ。
今はエアロぶりぶりのワゴンみたいなのが走っているわけだが、数年後には単なる「モンド」みたく思われるのだろうなあ。
ゼロ年代DQN&痛車カルチャー。失われた十年?そりゃこんなもん乗ってたら失われとるわ」
調に。あと
「なんで少子化なのにワゴンなの?子宝祈願?」
とか。


小学生の頃よく川で遊んだ。自然が好きだったからではなく、エロ本が捨ててあるからだ。よくそれを探しに行った。
枯れた葦を踏み分けていくと、粗大ゴミが横たわり、ところどころに沼のようなものができて、水が腐って、羽虫が湧いている。そういう風景が自分の中にはある。

思い込みだが、大島弓子パスカルの群』とか岡崎京子『リバーズエッジ』とかを読んだときに、「ああ」と何か腑に落ちた気がした。古事記の水蛭子が葦の舟に載せられて流されたのも、なんとなくだがわかった気がした。その感じを『メイドとシロクマ』では出したい。