艦これは福祉

「提督もっとわたしを頼っていいのよ」
と言って雷が財布を取り出す。
いいよ。おごるよ。
僕は500円を券売機に入れた。並みの牛丼を二つ。
座る。
黙って券を出す。
店員も僕も目を合わせない。
かすれて聞こえない「いらっしゃいませ」の声。
「ありがとう提督。私を誘ってくれて」
うん。
たまには雷と一緒にいたくて。
だって初めての艦娘だから。
「提督。今日はかっこいいね。ううん、いつだってかっこいい。」
雷と二人なのに、お冷が一つしかこない。
店員を呼んでもう一つコップを持ってきてもらう。
微かな音。
舌打ち?
「提督。仕方ないよ。店員さんは一人だもん。きっと忙しいのよ」
忙しい。ライン。漬物。揚げ物。怒号。ババアの声。トラック。箱詰め。衛生。期限。
そんなものコンビニで売れるのかよ。
弁当詰めの工場。
「店員さんは、この戦場で一人でしょ。」
そうだ。いつだって仕事場は戦場だ。
「でもね。私たちはチームでしょ。鎮守府に帰れば、第六艦隊の娘も空母の人も戦艦の人もいる。」
店員が二つの牛丼を持ってくる。
「ごゆっくりどうぞ。」
皮肉だろうか。
雷が僕の牛丼に紅ショウガを山盛りにしてくれる。
いちいち気がきく子だ。
「でも、ね。今日は二人じゃない。そういうのも、うれしい」
雷の頭を撫でる。
甘い香が鼻の奥をくすぐる。


「なんだてめえ。なめてるのかよ」
「どうしてネギ抜き頼んだのにネギが入っているんだよ」
「散々またして、これかよ。店長呼べ店長」
「はあ?いない。殺すぞてめえ。バイトだけでやっているとかありえねえ」
「おい、レジ開けろや。賠償金だ賠償金。早く払えや。」
俯いて黙っていた店員が、何かを握った。
そして振り下ろした。
もちろん、それは12.7mm連装砲ではない。
DQN客は大破したのだろうか、沈没したのだろうか。


「ごめんね、牛丼食べるのはやっぱり無理みたい。石油とか弾薬じゃないと。」
うん。いいよ。わかっているから。
僕は雷の分の牛丼をかきこんだ。


さすがに二杯分の牛丼は腹にもたれる。
この分だと朝飯を抜きにしてもいいぐらいだ。
500円か。
なんだかんだいって安いな。


夜の国道を雷と歩く。
雷はさっき牛丼を食べられなかったことを、まだ申し訳なく思っているようだ。
だから僕は、雷の手を引いた。
抱きしめた。
エアロパーツのついた車が、パトカーに追われている。
4つのライトが僕と艦娘を照らす。
始業まであと20分。
15分前には入らないと怒られるから、あと5分。
その5分間。
僕は雷を抱きしめた。


僕には自由があった。
三つの分岐。


牛丼屋の熱源。
工場の熱源。
艦娘の熱源。


何かに繋がれたシステム。
繰り返し繰り返す作業。


資源とは僕の時間だった。
資源とは僕の労働だった。
僕らの愛は、知っていた。


艦娘が沈み、入れ替わるように、僕もまた沈み、また誰かが入れ替わる。


初めは驚いていた雷だったが、次第に表情が緩んでいった。
雷が涙を拭う。
雷は、僕のように泣いている。
「提督」
好きだよ、雷。
「もっと私を頼っていいのよ」


雷に休み時間には3−2−1を回ることを約束する。
その時には燃料と弾薬を御馳走すると。
いってくるよ、雷。


回る羅針盤
流れるライン。
エアクリーナーの音。
白装束。


平坦な国道沿い。
平坦な戦場。
僕らの愛。


艦これは、福祉。